内藤家文書 陸奥国磐城領・棚倉領・相馬領絵図
-
解 説
延享4年(1747)までは陸奥国磐城平、それ以降は日向国延岡に領地を持った譜代大名の内藤家に伝わった国絵図の控。国絵図とは国郡単位の絵図で、江戸幕府は諸国の大名に命じて「国絵図」と土地台帳である「郷帳」を、慶長、正保、元禄、天保期の4度にわたって提出させた。元禄9年(1696)に作成が始まった元禄国絵図では、広域である陸奥国は7分割され、陸奥国の南東部8郡の絵図を磐城平藩、棚倉藩、相馬藩が作成した。本品は、清書の絵図作りを担当した内藤藩が、幕府に献上した絵図の控。560㎝×240㎝。(参考文献 国絵図研究会編『国絵図の世界』柏書房、2005年)
-
資料番号
内藤家文書3-23-10-34-21